52歳」タグアーカイブ

52歳の男は誕生日に何を思うのか

2日前に、僕は52歳になった。

上の文を書いて、数字を見て、今一瞬、「おおぉっ !! 」となった。

何だか凄いことだなぁ、と。色々な意味で。

織田信長は「人生50年〜」と舞を舞ったが、その言に従えば、既に僕の現況は「余生」と言う範囲に突入しているわけだけれども、何事も成すことの出来なかったダメな大人としては、一億総活躍社会の現在だし、ってよりは、年金支給年齢の引き上げとかさ、先々を眺めるにまだまだ長いし遠いよねぇ、と思ったりもする。

思ったりもするのだが、いつまで健康に生きていられるか、なんて漠然とした不安と言うか見通しと言うか予想予測と言うかね、そんな結局のところ考えてみても埒もない事柄をちょっとしたはずみに思うようにもなっている。

母親の亡くなった年齢を今年迎えて、多少ナーバスになっている部分も無くはない。

明日も明後日もその先も、今日や昨日のように続くと疑いもしなかった日々のなかで、ある日ぷつりと母はその生を止めた。

それは晴天の霹靂、不条理な出来事、と言う風にさまざまに形容できるけれども、人間だけでなく生命のあるものは必ず終わりを迎えるのだ。
終え方も、終わる時も、自ら選ぶことは敵わないし、それらを知る者も存在しない。
そうしたことを受け入れて、今日を過ごし明日を望むのだ。

一期一会と言う言葉を僕は好いてはいないけれど、遺された者の「また会えると思っていた」 というあの言葉を、僕らは何度も繰り返して来ているはずだ。
繰り返していながら、慣れることなどないままに、悔いとやるせなさを抱いて生きていかなければならない、それを人生と言うのかもね、と、思う。

・・・などと書き連ねてみたものの、とりとめもなく上手くまとまる気配もないので、止めにする。

30代前半にこの仕事を始め、40代半ばに喫茶店、50代で農業と、そんな感じの人生設計を抱いていたのだけれどね、僕自身のすごろくとしては、なかなか次のマスに進んでいないのが、忸怩たる思いにかられるところでもあるのだが。

そう言うと、「100歳まで生きればいいんじゃない? 」と、家人が笑った。